読書と歴史民俗
2026年07月15日

私は、文章が上手で好みの文体であれば、大きな事件が起きない静かなストーリーでも十分に楽しめます。むしろ、そういう落ち着いた話の方が好きなくらいです。
ただ、単に人の気持ちだけを追いかける恋愛小説や、謎解きだけのミステリーには、あまり心が惹かれません。
どこか現実離れした雰囲気、ゾッとするような恐怖や驚きやファンタジー要素が、どこかに散りばめられていてほしいのです。
ただし明らかな異世界では、ストライクゾーンが狭まり、その世界観にハマれないと楽しめません。
その点で、川上弘美さんの小説はまさに私の好みにぴったりです。彼女の書く世界は、一見するとどこにでもある普通の日常です。
まずはスッと入れる。しかし、少し読み進めていくうちに(たいていは数行または数ページ以内に)、「非日常」に触れて、いつの間にか戻って来れている。
大事件や怪物の登場はなくても、「視点のずれ」によって何かが起こっている。解決したような、腑に落ちないような。
明瞭な夢をみたはずなのに、よく覚えていないような、そのバランスが本当に絶妙なのです。
「もしかしたら、自分の身の回りにもこんな非日常が潜んでいるのではないか」と、本気で思わせてくれます。
キッチンの引き出しの中、犬の瞳の奥や、散歩道の曲がり角に、いつもと少し違う世界が静かに息を潜めているかもしれない―――。
まだ数冊の体験ですが、あまりに気に入ってしまって、Amazonセールで10冊ほど大人買いしました。
短編が多いので、スキマ時間にちょっと行って帰って来れるのも魅力。さあ今日はどこへ迷い込もうかなとKindle Paperwhiteを開くのが、最近のいちばんの楽しみです。
robertohouse│コメント(0)
2026年05月13日

Kindleの良さは、大量の本をどこにでも持ち運べて、そのときの気分で読みたい本を読めること。
中でも、短編は脳の始動に時間がかからず、ちょっとしたスキマ時間に別世界へ旅することができる。
スマートフォンやタブレットと違って、直射日光下でも快適だ。むしろ明るければ明るいほど読みやすい。
最近、キャンプ場で読んだ短編集はどれも素晴らしかった。
川上 弘美 ざらざら 2006年
原田 マハ さいはての彼女 2008年
村田 沙耶香 生命式 2019年
川上弘美(1958年生)の作品は「音楽」のようだ。90年代に文芸誌で短編を読んで、印象に残っていた。
日常と非日常の境界、自己と他者の境界。日本語が美しく、ひとつひとつの文が「詩」として成立する。安易に起承転結に頼らず、クラシックやジャズのように何度でも聴ける。
深さ、強さ、重さに加えて、生々しい音、香りや味、爽やかな風。鹿とかラジオとかコーヒーメーカーとか、ちょっとした物体の描写がリアルなのは理系(生物)出身のせいだろうか。
繰り返し読みたくなるので、図書館で借りるより、Kindleで購入すべき作家だと思う。
原田マハ(1962年生)は対照的に、単純明快なストーリーに引き込まれた。
表題の「さいはての彼女」は圧倒的に痛快で疾走感たっぷり。北海道とバイクの話で、学生時代に自転車で2周した体験からも共感するところが大きかった。
エンタメ性が高く、ベタでもある。あえて先を読ませて納得感をもたせるところが、小説というより「脚本」に近いと思った。(「総理の夫」は実際にドラマ化されている)
ただし本業?はキュレーター経験を活かした美術史系ミステリーのようなので、いずれ読んでみたい。
村田沙耶香(1979年生)は コンビニ人間 でラノベ的だと書いたが、とにかく常識を覆す「設定」がすごい。
ありそうで、ない。異質感。どういう脳がこんな設定を思いつくのか。天才的。次も読みたくなる。売れっ子なのがよくわかる。現代のアニメやラノベは「設定」「世界観」が肝だ。
表題「生命式」は歴史に残る傑作(怪作)ではないだろうか?妻は「世界99」が最高だと言っていたので読んでみよう。
それぞれ個性が異なり、読み応えも全く違っているが、どこか繋がりも感じられる。さらに林芙美子とか樋口一葉など古典も加えてランダムに同時並行で読む。
陽光のもとで海風を感じながら、紙のように白いkindleの画面が連れて行ってくれる。
→Kindle Paperwhiteのレビュー
→川上弘美
robertohouse│コメント(0)
2026年04月20日
2025年08月04日

夏祭りの季節になると、毎年のように「テキ屋の闇」が話題になる。
当たりのないくじ、すぐ破れる金魚すくいの網、子どもを働かせる露店、そして保健所の許可すら怪しい食品の数々。
確かに税金も労基も衛生もルール違反ぎりぎり──いや、完全にアウトなことも多い。
だからといって、すべてをきっちりクリーンに!ホワイトに!あるいは排除すべき!なのだろうか?
この話題で私が考えこんでしまうのは、テキ屋という存在に、近世以前の門付け芸や香具師(やし)といった「周縁から生きた人々の文化」の面影を感じるからだ。
それは、被差別や漂泊といった境遇に根ざした、制度の外で生きる術だった。
現代に残る「歌舞伎」や「巫女」「大道芸」なども、かつては同じように周縁にいた人々の営みから生まれたが、時代とともに制度に組み込まれ、グレーな部分はきれいに拭われていった。
テキ屋は、まだその“拭われていない部分”をかろうじて残している、数少ない存在なのではないか。
それを祭りというハレの場でのみ、いまだにリアルに観察することができているのではないか。
もちろん、現代社会にふさわしい在り方は必要だ。 たとえば簡易な申告や衛生ガイドラインの導入、家族経営における少年労働の明確な基準など。
必要なのは一律の排除ではなく、テキ屋文化を“ゆるく制度化”して包摂する道ではないだろうか。そのために営業上の制約が増えて販売価格が上がるとしても、やむを得ないと思う。
すべてを白に塗り替えるのではなく、グレーを許す知恵こそが、文化を残す手段なのではないか。
マージナル(境界、周辺)にこそ文化が宿る。テキ屋は、その最後の一つかもしれないのだ。
制度の隙間でしか育たないものがある。管理されず、整えられず、だからこそ生き延びた習俗や工夫、したたかな人間の知恵。
それを「時代遅れ」と切り捨て、社会を「健全」にしていくことは簡単だが、私たちは果たして何と引き換えにそれをを得ようとしているのか。
テキ屋を通して立ち現れるのは、ただの夜店ではなく、「境界で生きる」ことそのものへの問いなのかもしれない。
そして気づけば私たちもまた、どこかの制度に包まれきれず、何かの境界に立ちながら、この社会を歩いているのではないかと思うのだ。
robertohouse│コメント(0)
2025年04月20日

「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策 今井むつみ
面白かった!!日常や仕事のさまざまなシーンで感じ、考えていたことが、とてもわかりやすく説明されている。
認知とスキーマ次第で情報が変化するだけでなく、人は自らの記憶すら無意識に改竄していく。
直観とメタ認知はそれぞれ大切だが、直観力はメタ認知のトレーニングによって築かれる。
「あるある〜」「これだな〜」「気をつけねば〜」と頷くことは多いが、この本で何かを深く理解できたり、解決できたりするとは思わない。
ただ、人の認知とは自他ともにこんなにいい加減なものだと諦めて(理解して)おくことで、うまくいかないことがあっても前向きに捉えられるかもしれない。
コミュニケーションが認知と認知の重なり合いだとすれば、「わかる」とは何か、「事実」とは何かを改めて考えさせられる。
初めて知った言葉「流暢性バイアス」には深く納得。ひろゆきとか、石丸さんみたいな感じか(笑)
ただし生成AIもそうかというと、最新のAIではハルシネーションが急速に改善されつつあり、すでにその段階を超えようとしているのではないかと思った。
robertohouse│コメント(0)
2024年09月05日

鈴木涼美『ギフテッド』
夜遅くにふと読み始めたら、あっという間に最後のページまで進んでいた。
物語は母娘の絆や確執を中心に進むが、主人公を通して描かれる群像劇でもあり、またノンフィクション・ドキュメンタリーのようでもある。
(新宿界隈と思われる)街の映像、音、匂いが五感に直接訴えかけてくるようなリアリティ。むしろ街そのものが主人公で、登場人物たちはその街を構成する体液のようなものかもしれない。
特に、主人公が住む裏通りにある雑居ビルの鉄扉と鍵の音の描写をとても気に入った。
明快なストーリー展開や感情移入を楽しみたい人には物足りないかもしれない。新宿という街の空気を多少とも知っていることも必要かもしれない。
自分はもう一度この本を開いて街にどっぷり浸かってみたいし、新たな発見もありそうに思う。好みの音楽を聴くように、何度でも読めそうな作品だ。
robertohouse│コメント(0)
2020年08月24日
東欧サッカークロニクル
クロアチア・ザグレブに始まり、マケドニア、ルーマニア、リトアニア、グルジア、ウクライナ、アイスランド、キプロスといったサッカー小国のレポートが綴られる。
サッカーそのものよりも、サッカーという共通言語を通して欧州大陸の広さ、深さ、複雑さを感じさせ、全ての国を訪れてみたくなる内容だ。
欧州CL(チャンピオンズリーグ)は予選から楽しくなるし、さらにマイナーなクラブが参加するEL(ヨーロッパリーグ)にも興味が湧く。
(今季はコロナの影響で短期トーナメントでの開催となり、どちらも面白かった!)
中でもモルドヴァ国内に存在する(全く知らなかった!)沿ドニエストルという未承認国家へのアウェイ珍道中編が最高に面白い。
ユーゴ内戦に影響したとも言われるボバンの飛び蹴り事件についても、ボバン本人へのインタビューを行った上で深く考察されている。
各国ごとの短編集になっているが、googlemap等でそれぞれのクラブや街を調べながら読んでいたので、時間がかかってしまった。
サッカーファンはもちろん、欧州の旅行や文化、歴史に興味のある人にもぜひお勧めしたい。
robertohouse│コメント(0)
2020年02月29日
家族で絵本にじいろのさかな の話題になって思い出したのが、ねじめ正一との伝説の名勝負。
双方死力を尽くした手に汗握る激闘。企画も構成も知性に溢れていて、テレビに力があった最後の時代かなと思う。
また読みたくなって、自選 谷川俊太郎詩集 を注文した^ ^
robertohouse│コメント(0)
2017年07月25日

上原善広さんの大ファンだが、これは誰が読んでも面白いと思う。実際、かなり売れているらしい。昭和の大阪にこんな空間が存在していたのか。生々しい人と人のぶつかり合い、音や臭いや空気が強烈に伝わり、どんな映像よりも映像的、しかし絶対に映像化はされないテーマだ。上原善広さんは被差別部落の出身で、ほとんど1人でこのタブーを切り開いてきた。重いテーマを絶妙な距離感で淡々と描くのが魅力だが、この作品は最初から最後まで眼前で見ているような、息をつかせぬダイナミックな活劇である。至高の名作「日本の路地を旅する」とは筆致が対称的でありつつ共に自身のルーツを辿る双子のような作品。実父のことを書いたらこの先どうするのだろうと勝手に心配してしまう。これは大宅賞をもう一度取ってもいいと思う。最高!!
robertohouse│コメント(0)
2017年03月31日
道徳教科書でパン屋を和菓子屋に、アスレチック公園を和楽器店にという修正(忖度?)はあきれる他ないが、日本史の教科書にはずっと根本的な疑問がある。
豪族間の争乱の末、7~8世紀に覇権を取った勢力が自らの正当性を示すために編纂させたのが古事記と日本書紀。
それ以前の文字資料は中国大陸側のわずかな記載を除けば極めて少なく、日本の古代史は何もわかっていない。
7世紀以前は純粋に科学的な「考古学」の分野なので、歴史教科書においては「不確か」であることを明記し、ロマンあふれるコラム程度に取り扱えば良いと思う。
その分の時間を近代史に多く使い、また民俗学や統計学の知見を借りて、権力者だけでなく一般民衆がつくってきた歴史にもっと光を当てるべきだろう。
農業や産業、文化の発展と人口推移を骨格として、そこに諸外国との交流関係や時の政治体制を重ね合わせた、ダイナミクスを体感できるような歴史の授業を望む。
豪族間の争乱の末、7~8世紀に覇権を取った勢力が自らの正当性を示すために編纂させたのが古事記と日本書紀。
それ以前の文字資料は中国大陸側のわずかな記載を除けば極めて少なく、日本の古代史は何もわかっていない。
7世紀以前は純粋に科学的な「考古学」の分野なので、歴史教科書においては「不確か」であることを明記し、ロマンあふれるコラム程度に取り扱えば良いと思う。
その分の時間を近代史に多く使い、また民俗学や統計学の知見を借りて、権力者だけでなく一般民衆がつくってきた歴史にもっと光を当てるべきだろう。
農業や産業、文化の発展と人口推移を骨格として、そこに諸外国との交流関係や時の政治体制を重ね合わせた、ダイナミクスを体感できるような歴史の授業を望む。
robertohouse│コメント(0)
2017年02月19日
2017年02月06日
2016年12月03日
東京藝大は敷地内に自由に入れてしまうので何度か行ったことがあり、独特の雰囲気に憧れを感じていた。最近話題の本書は取材中心の軽い内容でさらっと読める。世の中には実利を考えず好きなことだけを追求する純粋な人たちがいる。ところで建築は工学部の中ではかなり個性的で創造性が求められるが、ファインアーティストに比べたら明らかに「不純」だ。合理性や予算や周辺環境も考慮し、多数の関係者をコントロールし、施主の満足や利益を最大限にしようとする。プロジェクトによって自分を7割出せることもあれば1割のこともある。あえて1割に抑えることでうまくいくケースもある。やはり「不純」だ...7割出せる自分でいなければ1割の人からの依頼も来ないだろうし、好きなことを仕事にしてなんとか食べていけるのは幸せなのだが、純粋になりたいという真の芸術家への憧れはずっと持ち続けるのだろうと思う。
robertohouse│コメント(0)
2016年09月29日
ヒコーキ少年の父の影響か?小学生の頃から戦記物が大好きで、最近読んだこの2冊はとても面白かった。日本の戦闘機乗り名鑑として保存版になる貴重な資料。日系アメリカ人の著者による、英雄譚にならない客観的な記述が良い。戦争初期にもP-40やグラマンF4Fが零戦と互角に戦っていたこと、末期にあっても旧式の隼がP-51を撃墜していたこと、夜戦エースや水上機エースの存在など、ワクワクするものがある。特に陸軍のノモンハン事件のあたりは驚くようなエピソードもあって読み応えがある。自分は20代の頃にパラグライダーで房総の崖から海の上を、トイレを必死で我慢するくらい飛び回っていた時期がある。トンビを上から見下ろす特別な世界だった。ライト兄弟が飛んでから30年かそこらで航空戦力が勝敗を決することになり、飛行機に乗って戦うのは歩兵や海兵とは違う特別なものだったのだろうと感じる。明らかに無謀で馬鹿で罪深い戦争だったが、極東の島国がこうしたハイテク兵器を設計、製造し、使いこなしていたこと自体は否定しなくてもよいと思う。
robertohouse│コメント(0)
2016年08月21日
2016年04月22日

サンカ社会の研究 三角寛
古本が安くなってきたのでようやく入手。復刻版が出るまでは「幻の研究書」として古書店で10万円以上の値が付いていたそうだ。確かに、当時は「どうしても読みたい」と思わせる本だったのだろう。サンカといえば三角寛
ただし今となっては、読み進めるのがやや辛い本である。古本が安くなったのは理由がある。そう、これは偽書なのだ。
内容のほとんどが創作だとわかっていても、よくもまあここまで書けたものだと、三角寛の想像力と忍耐力に驚いてしまう。最近の他の研究者による客観情報を知らなければ、信じてしまう人がいても無理はない。全編が(わかる人にはわかる^^;)民明書房みたいなものなのである。いまだにネットで「サンカ」と検索すれば三角寛ワールドが真実として流布されている。何を隠そう僕自身も、初めてサンカに興味を持った10年くらい前には三角寛を起点とする情報のいくつかを信じていたのだ。映画 瀬降り物語
本編との対比として、巻末(といってもかなり物量がある)の沖浦和光
robertohouse│コメント(0)
2016年04月12日
2016年04月08日

つがるそとさんぐんし.....縄文から中世にかけて、ここにもうひとつの日本があった.....長く辺境とされてきた東北の寒村に熱狂をもって迎えられた王朝伝説。日本史を根底から塗り替えるような「大発見」を追うひとりの新聞記者による渾身のルポルタージュ。事件の経緯と壮大さ、そして社会的影響はあの旧石器捏造事件にも似ている。どちらも東北の地から生まれたのは偶然ではないかもしれない。そして実際に「本物」である三内丸山遺跡が発見されたことが、こんな虚構にさえロマンを与えている気がする。400ページを超える長編だが、文のテンポと構成が良く臨場感抜群なので休日が1日あれば一気に読める。歴史考古学マニアでなくとも、ミステリーとして読んでも絶対面白い、超お薦めの1冊。
robertohouse│コメント(3)
2016年03月02日
SMAP問題があったときにWEBで評価が高かったので衝動買い。
実はかなり売れているらしいが、タイトルほど下世話な本ではない。有名なゴシップの真相みたいな話ももちろんあるが、中盤からはそうしたことが起こる構造について、芸能の歴史をじっくり紐解いてゆく。ヤクザが仕切っていた戦前戦後、1950年代の映画全盛期に作られた5社協定というカルテル、時代の変化を先取りしていったナベプロ、バーニング、ジャニーズ、吉本らの栄枯盛衰が淡々と描かれる。全てが真実とは限らないが情報量はたいへん多く、取材はさぞ大変だったろうと思う。
僕はサッカー以外にほとんどTVを観ないし芸能界には疎く興味もないので、民俗史のひとつとして興味深く読んだ。日本のあらゆる産業の根底にある元締め構造が最もわかりやすい形で表れるのが芸能界だ。そして中世以来、賤民の仕事とされてきた芸能への蔑視が今も残っていることを強く感じる。SMAPの会見はまさにそれだった。あれほどの人気がありながら、彼らは人間としての尊厳が完全に無視されているように映った。
実はかなり売れているらしいが、タイトルほど下世話な本ではない。有名なゴシップの真相みたいな話ももちろんあるが、中盤からはそうしたことが起こる構造について、芸能の歴史をじっくり紐解いてゆく。ヤクザが仕切っていた戦前戦後、1950年代の映画全盛期に作られた5社協定というカルテル、時代の変化を先取りしていったナベプロ、バーニング、ジャニーズ、吉本らの栄枯盛衰が淡々と描かれる。全てが真実とは限らないが情報量はたいへん多く、取材はさぞ大変だったろうと思う。
僕はサッカー以外にほとんどTVを観ないし芸能界には疎く興味もないので、民俗史のひとつとして興味深く読んだ。日本のあらゆる産業の根底にある元締め構造が最もわかりやすい形で表れるのが芸能界だ。そして中世以来、賤民の仕事とされてきた芸能への蔑視が今も残っていることを強く感じる。SMAPの会見はまさにそれだった。あれほどの人気がありながら、彼らは人間としての尊厳が完全に無視されているように映った。
robertohouse│コメント(0)






























































