2026年07月09日
カメラ趣味の現在地

iPhone15Proおそるべし。
ポートレートモードは拡大すれば粗いのだけど、iPhoneやiPadの画面では普通のカメラよりも美しく見えたりすることも。
3眼レンズであらゆるシーンをカバーできる。超広角で建築も撮れて、人や犬や料理では柔らかいボケ感も出せる。
高画質が必要な場合はRAWでも撮れるし、ある程度の防水・タフ性能もある。起動時に前の設定のまま撮れるのも、カメラらしくていい。
さて、iPhoneがここまで来た時代に、カメラを持つ意味ってなんだろう?と。
思えば、最も楽しかったデジタルカメラはオリンパスE-1だった。なぜなら、初めての”デジタル一眼レフカメラ”そのものが新鮮だったからだ。
その後、デジタルライカに熱中したり、GFXまで行ってしまったりしたのは、フィルム時代の記憶の影響が大きい。
90年代には、ライカやクラシックカメラから中判、大判カメラまで手を出していた。画質はフィルムで担保されたので、個性的なカメラを自由に選んで使うのが楽しかったのだ。
レンズ特有の描写、フィルムサイズによる雰囲気の違い、プロのようなアオリ操作。
ピントの山の見え味、シャッター音や巻き上げ感触、真鍮のひんやり感、独特のお作法、うっとりするデザイン。
そこに「好きな写真家が使っている」「あの写真はこのカメラで撮られた」という”物語”も加わった。
しかし、デジタルカメラにそうした体験や気分を求めるのは限界がある。
ライカMデジタルを10年ほど使ってみて、これは”あのときのライカ”とは違うなと思ったし、GFXにも中判・大判カメラにあった”特別感”は感じられなかった。
最新機種の圧倒的な機能や画質も、手に入れてみると「自分にそこまで必要なのだろうか?」と気づく。
思い込みブーストが切れると、高額な出費の見返りが減ってしまい、システムを維持できなくなる。
もうカメラなんて要らないのでは?iPhoneだけでいいのでは?とも思う。おそらくそれは正しい。
しかし、やはりどうしてもカメラを持っていたいのは、なぜなのだろう。そしてそれは、どんなカメラなのだろう。
「その時の気分で、使って楽しいと思える、暮らしに合ったカメラを最小限だけ持つ」
自問自答してみると、そんなところだろうか?結局のところ、自分にとってカメラは玩具。
機能としては、犬や家族の記録をきれいに残せて、時々、建築や街並みや風景を印象的に撮れたらそれでいい。iPhoneという強力なバックアップもある。
2010年代以降のカメラはどれでもその条件を満たしているから、なるべく高額でない、気の張らないシステムがいいかなと思う。
2026年7月現在においては、それがオリンパスのマイクロフォーサーズとなっている。妻と犬とキャンプや散歩をする時間が最も大切で楽しく、この小さなシステムはその邪魔をしないからだ。
生活が変われば、カメラも変わる。幸いなことに、カメラ機材は10~30%ほどの使用料を払って「交換」できる。iPhoneでは得られない養分が、カメラにはまだあると思う。












































