2014年11月12日
カメラ遍歴の果ては
過去に使ったカメラを辿る与太話。
建築撮影を主とした過去のメインカメラは以下の通り。
1996年 ニコンFM2T
1998年 オリンパスOM4Ti×2台
2003年 オリンパスE-1
2007年 オリンパスE-3
2010年 オリンパスE-5
2012年~ ニコンD600
この他にプライベートな趣味カメラとして、
1996~2003年 ライカM2、M5、3C、SL2、プラウベルマキナ670、ローライ35
2009~2012年 ライカR6、R9、SL2、コンタレックス
2010~ コンタックス3a
他にも無数のカメラを買ってきたが、気に入って継続して使用したのはこんな感じだ。
ここで思うのは、一眼レフカメラは完全に実用機であって、趣味としての、撮る楽しみ、操作する楽しみを求めていない。デジタル化以降はさらにその感が強くなった(唯一、E-1だけはカメラとしてとても好きだった)。AFと高精度のAEとA-WB、A-ISO、フルサイズのD600に至ってはISO3200が完全に実用になり、レタッチに強くトリミングも自由になった。つまり押せばそれなりに写ってしまうのである。面白くはないが、仕事の他にも家族行事などには心強い。
基本的にメインは1台しか所有せず、前の機種はすぐに売って交替させている。使わない機材に愛着はなく、コレクションの趣味もない。特にデジタルになってからフィルム毎にボディを用意する必要はなくなり、サブカメラの概念は消えてしまった。複数台持っていても、ろくに使わないうちに旧式化してしまう。そしてこういうカメラはプライベートではあまり持ち出す気にならない。それらは大抵、あまり美しくはないし、レンズも含めて大きく重すぎる。ではミラーレスはどうかとPENを買ってみたが短命だった。仕事で使えず、撮って楽しくもない、メモ撮りにはオーバースペックで、どう使っていいかわからないカメラだった。たぶんフルサイズのα7を買っても同じ結果だろう。
撮るプロセスを愉しむためには、RF(レンジファインダー)機やクラシックカメラ、中判や大判カメラを併用してきた。カメラを意のままに操作して写真を撮る行為そのものを愉しむのは一種のスポーツに近い。中でもライカは定期的に購入して使っている。RFライカは実用と趣味の中間に位置する精密機械だと思う。撮影速度が速くスムースで確実であり、なおかつ使い心地や持つ喜びが他のカメラとはまるで違うのである。「ライカウイルス」を発見したのは故赤瀬川原平氏だったと思うが、どうやら完治することはないらしい。残念ながらフィルムの時代は終わった。そして今、デジタル時代...(続く)