2025年07月19日
2025年07月16日

SONY RX1RⅢ
多くの人が待望、いや諦めていたカメラが突如発表された。
RX1RⅡ(2016年発売!)の尖った特徴を活かしながら最新の技術を詰め込み、まさに正常進化。デザインや質感も良さそうだ。
あれこれ売って35〜50mmをこれに集約、なんてことも一瞬妄想したけれど、66万円という予想価格を知って夢から覚めた。
冷静に考えれば、35mmレンズに61MPは持て余すだろうし、αシリーズの出来を見れば、ライカQやGFX100RFに近い価格に見合う満足感を得るのは難しいかも。
最近はX100Ⅵをはじめとしてレンジファインダースタイルの一体型カメラが人気だが、これが本命ラスボスであることは間違いない。今後のキヤノンやニコンにも期待したい。
2025年07月14日

ほぼスチルしか撮らない観点でのファーストインプレッション。
まず、想像より安っぽさがなかった。全体を覆うラバーの摩擦係数が高く、手に吸い付く感じがある。
分厚さも気にならず、軽くて取り回しもいい。デザインは可も不可もなく実用的、地味で無骨なカメラだ。
液晶モニターの見えはまずまずだが、よく言われるように晴天屋外では明るさが不十分かもしれない。
バリアングルモニターは180度開くことができず、ウエストレベルでは画面が傾くため使いづらい。
(バリアングルモニター機の大半がこうなのだが、なぜ180度開きにしないのか本当に疑問...自撮りだってしづらいはず)
レンズシャッターは極めて静かで、レスポンスもよくサクサク撮れそう。電源ボタンONからの起動は1秒くらいで及第点か。
オートフォーカスはEOS Rシリーズ同様に速く、サーボもよく食いつく。すごく寄れるのもいい。
ズームレバーでのズーミングは素早く好感触。コントローラーリングでステップズームもできるが、個人的には露出補正に割り当てたい。
リアコマンドダイヤルは小さくて使いづらい。操作ボタンのカスタマイズはEOSのようにはできない。
全体的にスチルカメラとしての面白味はなく、シャッターボタンを押すだけのフルオート・コンデジと考えたほうがいい。
優秀なAFや露出制御、手ぶれ補正により失敗なく写せるが、せめてフロントダイヤルを追加してくれれば撮影の自由度や楽しさが全く違ったと思う。
16-50mm相当レンズとマイクロフォーサーズ近似センサーは都市・建築の記録撮影に理想的な組み合わせだ。
超広角ズームを付けた一眼レフやミラーレスカメラよりも機動性が高く、かつiPhoneより高画質で、実用上十分なRAWデータが残せる。
なので、あと一歩の訴求がほしい。前後ダイヤル、チルト液晶モニター、できればEVFも搭載したスチル特化型が出てくれないかな~(^^;
2025年07月13日
2025年07月10日
2025年07月06日
2025年07月02日

PowerShot V1は426gのコンパクトカメラでありながら、マイクロフォーサーズに近い面積の3:2センサーと、フルサイズ換算16-50mm相当のレンズを搭載する。
建築撮影では広角側の広さが必要で、ディテールのアップも撮れれば最高だ。基本的に被写界深度は深いほうがいい。
それをコンパクトに持ち歩くなら、MFT(マイクロフォーサーズ)は有力候補となる。
広角8.2mmとセンサーサイズから計算してMFTレンズに置き換えれば、横7.67mm×縦8.67mm相当の画角となる。
これは常時携帯して建築や都市風景を撮影するのに完璧な、夢のようなスペックだ。たとえばOM-1にMZD8-25mmを付ければ2倍以上のサイズ・重量になる。
2012年まではフォーサーズで撮っていたのだから、現場記録から竣工写真まで、広角系はこれ1台でいける可能性がある。
はたしてコンデジをメイン機として使えるのかどうか?公開されているRAWサンプルを現像してみた。
データ引用: RAW Sample1 "DP REVIEW" RAW Sample2 "Photography Blog"
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2025年06月28日

都内でちょっと時間があったので最近のカメラをひととおり触ってみた。
いいなと思ったのはハッセル907XとキヤノンR1(どちらも100万クラス)あとはニコンD850くらいかな。
ハッセルはウエストレベルの撮影体験、R1は吸い付くグリップとファインダーの見えが抜群だった。D850はメカとしてはEOS5D4より上かもしれない。
GFX100RFもいいけど質感やレリーズ感が価格に見合わないと思った。現実的なニコンZ5ⅡやキヤノンR6Ⅱは優等生だけど決め手に欠ける。
ミラーレスは総じてレンズが大きくフロントヘヴィで、使い心地の良さそうなカメラってほんと少ない…
2025年06月25日

関係ないですが、ジークアクス面白かった!
ツッコミどころ満載、というか皆でツッコミ合って楽しむという新たなガンダム。
正直、ポケモン風のキャラデザやエヴァっぽいモビルスーツは苦手だけど、初代~逆シャアのオマージュ満載で読めない展開を楽しめた。
マチュ、ニャアン、シュウジの3人は主役のはずが、難解なパラレル正史ガンダム世界に巻き込まれる視聴者の代わり、あるいは狂言回しのような存在か。
幅広い世代・年代を惹き込んで過去作にも目を向けさせる、練りに練られた設計だと思った。
ところで、2022年にシャリア・ブルの主演を予想(希望)してました(笑)
2025年06月20日
2025年06月19日

SIGMA Art 17-40mm F1.8 DC
古い一眼レフで十分、と感じている今日このごろではありますが。
これはとんでもないレンズでは? フルサイズ換算26-60mm/F2.5相当。まさに日常使いに最適な万能ズーム。
フィルター口径67mmで重量530gは十分常用可能。インナーズームで取り回しも良好。
(標準ズームレンズがあまり好きになれないのは、伸縮で重心移動したり長期的な精度が要因)
十分なボケ量も期待できるし、28cmまで寄れるから、テーブルフォトから風景、旅行まで、これ一本でほとんどのシーンをカバーできる。
建築撮影では、超広角ズームの完璧な相棒になるだろう。
(標準ズームレンズがあまり好きになれないのは、伸縮で重心移動したり長期的な精度が要因)
十分なボケ量も期待できるし、28cmまで寄れるから、テーブルフォトから風景、旅行まで、これ一本でほとんどのシーンをカバーできる。
建築撮影では、超広角ズームの完璧な相棒になるだろう。
問題はボディの選択になる。APS-Cミラーレスで本格派のカメラは多くない。
SONY α6700でもなんとか使えそうだが、バランスを考えるとFUJIFILM X-H2のようなしっかりとしたグリップを持つ機種が候補になるだろう。
今後のシステムについて、ちょっと悩んでしまうくらい、魅力的なレンズだ。
今後のシステムについて、ちょっと悩んでしまうくらい、魅力的なレンズだ。
2025年06月16日

続けて戦争映画。
スティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(1998年・アメリカ)を観た。
ノルマンディー上陸作戦の冒頭シーンは、まさに衝撃だった。血と砂が飛び交う地獄絵図は、観る者に強烈なインパクトを与える。
タイガー戦車との接近戦もリアルで凄かった。戦争の悲惨さを描き出す映像のリアリティは疑いようがない。
しかし、個人的な見方をすれば、本作には「いかにもアメリカ映画らしい」側面を強く感じる。
たとえば、『スターリングラード』(1993年・ドイツ)や、『炎628』(1985年・ソ連)と比べると、その違いは明確になる。
これらの作品では、極限状態における人間の尊厳の喪失、戦争の不条理、そして底なしの絶望を淡々と描き出すことで、戦争の真髄に迫った。
『プライベート・ライアン』では、「一人の兵士を救う」という使命を中心に物語が展開する。
その使命に対する批判的な視点も描かれてはいるが、どうしてもアメリカ的なヒロイズムや倫理観が色濃く感じられる。
それぞれの兵の生と死に意味が与えられていくところも含め、どこかご都合主義に映ってしまうのだ。
もちろん、希望や犠牲、仲間との絆といったテーマは普遍的で、心を揺さぶるものがある。
だが、そこには戦争全体の深い悲劇性よりも、個々の兵士の献身や愛国心、ヒューマニズムが色濃く描かれた印象を受ける。
『プライベート・ライアン』が映画史に残る傑作であることは間違いない。その評価の高さもよく理解できる。
しかし、戦争とはそんなものではない、戦場での死に意味などないと思ってしまう。『スターリングラード』を観た直後であったせいかもしれないが。
2025年06月15日

最近、2本の戦争映画を観た。
『二百三高地』(1981・日本)と、『スターリングラード』(1993・ドイツ)。
いずれもフィクションの人間模様に焦点を当てながら、史実を元にした重さを持つ作品だ。
塹壕で血を吐きながら殺し合い、瓦礫と化した街で凍え死んでいく兵士たち。そこにあるのは、勇気や栄光ではなく、救いようのない「死と絶望の反復」だった。
画面からは、弾の音や叫び声に加えて、痛みの感覚すら伝わってくる。観ていて苦しい。辛い。けれど、目を逸らしてはいけないと思わされる。
一方で、私たちが日常的に触れている戦争表現の多くは違う。
たとえば、戦争を題材にしたシリアスなドラマである『ガンダム』シリーズでは、兵器の「カッコ良さ」によって死の恐ろしさは抽象化され、観る者が深く傷つかないようにできている。
現実のウクライナでも戦争は続いているが、ニュースでは戦場の実態はほとんど見えない。ドローンやハイテク兵器が報じられても、勝負を決するのは重砲と機銃の飛び交う塹壕戦や市街戦だ。
数字や地図で伝えられても、そこにいる人たちがどう死に、何を失っているのかがわからない。私たちは戦争を知っているようで、本当の姿には触れていない。
人間が体験する「最悪の現実」を、わずかでも実感として受け取らなければ、戦争は記号になってしまう。痛みのない戦争は、忘れられていく。 せめて映像の中だけでも、目を背けずに向き合いたい。





















































